そらまめ日記

遠い日の記憶~家族の会話~ひとりごと~
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産経「高校生文化大賞」

今日は第41回産経新聞社「高校生文化大賞」の授賞式に行って参りました。なぜなら、
愚息が優秀賞を頂いたので!…と、今日はちょっと手前味噌ブログです、お許し下さ~い(^_^;

「私のいちばん言いたいこと」というテーマを選択し、
「自分の内に軸を持て」という偉そうな副題で書かれた文章
完成度という点から見るとまだまだ全然…な文章ではありますが、
彼の思いや考えが、彼の頭だけではなく心と身体を通過して文字になっている…というか、
“あ…ここに紛れもなく彼がいる”と感じられる、とても好きな文章でした。
え~、母としてではなく、ひとりの人として、しみじみ「なんか、いいなぁ…」
と思える文章だったんですが、これってやっぱり親バカってことになりますでしょうか…(^_^;

今時の高校生の文章、なかなか素敵な作品が多く、
産経のサイトをブログに添付してご覧頂きたかったのですが、
今年は受賞作品をHPに掲載しないことになったそうで、あら残念…。
(受賞者全員の論文記載小冊子が配布されましたので、もしご覧になりたい方はご一報ください)

受賞のご褒美に、5泊6日の中国旅行に出発した優秀賞10名の君たち…無事到着した?
目も耳も心も全開にして、たくさんの「何か」を掴んで来て欲しいな…。
日本からエールを送ります。

そして、選考から授賞式までの行程に関わってくださった方々に心から感謝いたします。
タイトルにある「第41回高校生文化大賞」という単語、字面だけだとスルーしてたのですが、
「41年間続いている賞」だと知り、ちょっと感動しました。
今後もずっとこの賞が継続されるような社会・世界でありますように…。

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新芽の“ぶわっ!”

我が家のリビングからは、大きな銀杏の木と花梨の木、道の向こうに木蓮…と
東京のど真ん中に住んでいるにしては色々な木々が見えます。

で、木の新芽って、少しずつではなくて“ぶわっ!”…っと一気に咲くんですよね…(^-^)

顔を出したばかりの、小さくて頼りなくて日の光に透けるような黄緑色の新芽が、
あっという間に緑色の立派な葉っぱになっていくのを見るのは、
毎年感動的な“春”の眺めです…。

例年、子供の新学期帰寮後(4月上旬)にその新芽が一斉に芽吹くので、ここ数年は
「この感動を一緒に見られないんだから…嬉しさも中くらいなり春の空!?」
っていう気分だったのですが、今年は暖冬のせいか、
突然春の陽気になってしまった2月末に、ぽよっと花梨が芽を出しました。

あ!ダメダメ早すぎ…と思ったものの、今更引っ込むわけにも行かないし、
私も木に帽子を掛けてやるわけにも行かず…、
「あ、間違っちゃった…、死んだふりっ!」とか呟きながら、花梨の芽は
如月から弥生にかけての寒い日々を、新芽のままでじ~っとしていたのでしょう。

やっと春らしい気候になり、今週は“ぶわっ!”…が来そうな勢いです♪
毎朝お日様を浴びて嬉しそうにしてる花梨の新芽観察、
ほぼ二ヶ月ぶりに帰省した息子と一緒にできるかなぁ…。
親子3人でこんな光景を見る機会なんて、今後減っていくのは間違いないし…
これが一期一会ということです…などと脅しつつ、無理矢理一緒に観察させよっと…(^_^;

いや、彼は精神的に親より大人なので、言われる前にそうしてくれるんじゃないかな…?
多分してくれる…、きっとそうに違いない!?

…複雑なオトナ心の春、でした(^_^;

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My name is…

久し振りにパスポートを作りました。

以前は、氏名表記は「ヘボン式でなければならぬ」というルールがあったのですが、
昨年法律が改正されて、ヘボン式以外の表記が許されるようになったとか…。

そりゃ~そうですよね、Petersenさんが日本でパスポートを作ると
Piitaasenになってしまうなんて…、許し難いものがあったんじゃないかとお察しいたします。

で、ついでに日本名でも外国語読みで表記したい人は許す、ということになったんだそうです。

それならば、ヘボン式では非常に発音し難い(っていうか、違う名前になってしまう)私の名前
「RIKA」は、是非とも「LICA」に変えよう♪、仕事の時はずっとLICAでやってきたんだし…と、
喜んで変更手続きを取ろうとしたら、変更には色々条件があると言われてしまいました。

1)今回変更した場合、以後、旅券の氏名表記は、いかなる理由があっても変更できません。
2)ローマ字氏名表記を変更したことにより、諸外国の出入国管理において、従前の
 出入国履歴上の氏名の表記と異なる等により各種問題が発生するおそれがあります。
 その場合であっても、自己の責任で対処していただくことになりますので、ローマ字氏名の
 変更は慎重にお願いいたします。
3)なお、諸外国の出入国管理上、各種問題が発生した場合でも、日本国政府並びに
 都道府県旅券事務所では、ローマ字表記の異なる過去の旅券と今回発給された旅券が
 同一人物のものであるという対外的な照明は一切行いません。

という但し書き全てに同意の上サインしろ、ということでした。
これってつまり、外国で異常事態が発生しても、表記を変えちゃったあなたには、
国は一切関係ないし助けないもんね~、ということになりますか…?

Piitaasenさんの場合は、 Petersonさんのお国が安全を保証してくれる可能性があるけれど、
日本国しか属する国を持たないLICAさんにとっては、RIKA表記にしておかないと
命に値段が無い…ということになってしまう可能性が、最悪の場合ある、ということ…?

まぁそもそも外務省や在外大使館が邦人をきちんと守ってくれるのか?という疑問は
おいといて~、一旦サインしてしまったら「国はあなたを助けない」ということに
同意しちゃうようで何か腑に落ちないし…仕方ない、じゃぁ、RIKAで…。

書類を受理する係の人から、
「この表記は一生(法律が改正されない限り)変更できませんがよろしいですね?」
と念を押されました。いいもなにも、実際問題としてそれしか選べないじゃない!?、
こういうのを“ざる法”っていうのかなと思いながら、何だか肩透かしを食らった気分の1日でした。

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球体折紙

「折紙を学問する」ってすごく素敵な響き…。折紙工学というんだそうです。

「こういうの、興味あるでしょ?」って教えていただいた筑波大三谷純先生のサイトからは、
球体折紙の展開図がダウンロードできて、山折りと谷折りを言われるままに折ると、
自分では絶対に作れそうもない難度Cの球体折紙が(私にも)作れちゃうんです!

はい、お察しの通り、とても好きです、こういうの…。
教えて頂いてありがとうございますm(__)m

三谷先生のブログによると、

(1) Flickr上の他の作品を見て、うわぁーすごい。
   これはいったいどうやって作るんだろう。というのを見つける。
(2) (1)で見つけた作品をジーッと見つめて、
   いったいどういう原理で1枚の紙から作り上げられているのかを推測する。
(3) 原理がわかったら、その形と展開図の関係を数式で表現してみる。
(4) 数式で表現できたらプログラムに落とし込む。
(5) いろいろ試行錯誤して、新しい形を作ってみる。
(6) 気に行った形ができたら、展開図を印刷して実際に折ってみる。

ということですが、1)と6)しか出来ない私にとって、2)から5)は完璧にブラックボックス!
だから、“ブラックボックスの中にハンカチーフを入れたマジシャンがニッコリ笑って鳩を出す!”
ところを口開けて見ている子供になったような気分になります。

本当は黒い箱の中身を覗いてみたくてしょうがないんだけれど、片方で、
ブラックボックスの秘密が全然わからないから、単純にはぴぃ!になれる…
ってところもあるのかもしれませんね。

そして、そのブラックボックス部分を数式化しちゃえる人達が
この世界のあるところには生息?しているという事実にも、何だかちょっと感動します。

あ、向こうの世界から見ると、私のように、数式化出来ない人種が生息していることが
「!」かもしれませんね。どちらにしても、全然違う人々が存在してて、
それぞれ棲み分けながら、同じこの世界にいるという事実に、
ただ“何だかいいなぁ…”と思ってしまうのでした…。

それにしても、「折る」という字、「祈る」に似てますね…。

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わかりやすい寝言

昨晩、寝入っているはずのオットが突然、
枕元に置いてあった調光機のボタンをカチャカチャ鳴らし始めました。
ん?起きて何かするんかい?としばらくは黙っていたものの、何か変だな…と思って
「どうしたの?明かり付けるの?」と聞いたら、「ここに保存しようと思って…」だって!

ありゃ、今晩はオットの寝言だわ…(-_-;

我が家の調光機は、サイズも構造も、ほぼマウス状態!
きっと資料を上書き保存する夢でも見ていたのでしょう。
分かり易すぎる…、オットの夢…。

因みに複雑系なツマの昨晩の夢『細雪』ですが、続き、見られませんでした、残念。
(↓昨日のブログをご参照くださ~い)

「次回放映は一週間後の同時刻」なんていう風に夢の続きが見られたらいいのになぁ…。
あ、もしかして、私の夢の続きがオットの夢になってしまったとか…?

今日寝るとき、夢の放映権をオットから譲ってもらおう…。

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『細雪』な寝言

今朝、目を覚ました途端、“ねぇねぇ、聞いてよ!”って感じで
「寝言言ってたよ…、“そうでしたねぇ、真っ白でしたねぇ…”って、すごく優しい声で…」
とオットに言われました。

私は、「はぁ…、何が真っ白だったんだ!?」という疑問がぐるぐる回り始め、
オットの物言いからは、“そんな優しい声で誰に話しかけてたんだ!?”
という疑問が言外に感じられ、それぞれ頭の中は???ながら、ちょっと笑っちゃう朝でした(^_^;

私は時々ものすごくはっきり寝言を言うらしく、
「余りにも不思議な言葉だったからメモしておいたんだけどね…呪文みたいだよ」
と言ってその“呪文”を読み上げられたこともありました(>_<)

あ、はっきり言ってしまうのは、寝言だけじゃない、か…(汗)

それにしても、何が真っ白だったんだろう…?
少なくとも、過去のある時間を共有しているふたり…ってことでしょう?だとすると…
私の脳裏には『細雪』みたいな情景、つまり、花びらの舞う樹の下で静かに語り合う男女…
みたいな映像が浮かんでいるのですが、喋ってるのが「私」ってところがミスキャストで…(^_^;

とすると、壁のスクリーンに向かって思わず呟いてしまったりする
G・オーウェル『1984』みたいなシュールな場面か…、いやいや、
生徒に向かって思い出を語る『二十四の瞳』の大石先生も“あり”か、
…と、どんどん想像がふくらんでいくので、是非とも続きを見て
“記憶と共に”目を覚ましたいと思ってる、監督兼主演女優なのでした!

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『旅の途中』

筑紫哲也『旅の途中 巡り合った人々』(朝日新聞社)を読みました。
最近亡くなった筑紫さんが、1959年から2005年までの間に出会った
政界や芸能界等の方々との交流禄。

新聞やTVで報道されている人の意外な一面が、
彼らの生の言葉と、筑紫さんというフィルターを通して綴られていて、
語る人語られる人双方の人としての温度が感じられる文章でした。

その終章に、アルフレッド・テニソンの詩の抜粋、
I am a part of all that I have met.
という一文があり、またまた私の脳細胞と心臓が即、かなり大きく反応しました…。

自分の来し方をちらっと振り返り、たくさんの出会いに感謝しつつ、
この先の私自身をつくり上げるための“次の一歩”を
また重ね始めなくちゃな…と思ったり…。

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ディーナー&ディーナーの試み

前回難波田龍起展のことを書きましたが、
東京オペラシティアートギャラリーへ出かけようと思ったきっかけは、
「都市へ仕掛ける建築 ディーナー&ディーナーの試み」展の方でした。
(ディーナー&ディーナー展のチケットで、難波田龍起展と原良介展の3つが
回覧できるというちょっとお得な企画をやっているというわけです。)
D&D展は、模型や写真・設計図、構造物の一部などの展示から、都市計画の一端が
伺えるようになっているのですが、ちょっと専門家寄りの展覧会だったかな。

でも建築は、私の大いなる興味のひとつ!
小さな頃からマンションや建て売り住宅の見取り図を見ては、
私だったらこんな家は建てない!ここをこうしてああして…と
自分の頭の中で設計図を書いちゃう子供でした。

私の発想は世間一般の希望からかなり遠いところにあるみたいで
何坪くらいの土地を駅から何分ぐらいの場所で…という風に説明が出来ず、
欲しいと思うものがなかなか手に入りません。行ってみて出会ってみて、
あ、ここだ…と思った土地が私の住む処…と思ってます。

そして私の欲しい家は、立地でその価値の半分以上が決まるでしょう。
土地から切り取られた風景、風の流れや光の動きを掴んで構造に反映してくれる
建築家と一緒に、単なる家じゃなくて「何ものにも変わり得る器」を緑の中に創りたい…
それが私の夢です(^-^)

さて、そろそろ土地探しを再開しましょ…。

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難波田龍起「生の記録-3」

東京オペラシティアートギャラリーで難波田龍起・難波田史男展を見てきました。
所蔵品展なので点数はそれ程多くないのですが、心が震える作品に出会いました。

難波田龍起 「生の記録 3」

その部屋に入った途端、ひとつの壁を占拠している青い抽象画に引き寄せられ、

「青なのに、炎(ほむら)がある…。
その青は宇宙の青じゃなくて、海のようでもあるけれど、少なくとも“この世”の青で、
そこに深い悲しみと冷たい眼差しに貫かれた愛がある。
絵の中に、立ち上る炎がある…。」

という言葉が、私の中に響きました。
私が選んで発した言葉に違いないのですが、何処かからやってきた言葉のような感もあり…
何故こんなに心がざわざわするんだろうと解説文を読んだら、
海でご子息を亡くしている、と…。

ご子息の死からこの絵が描かれるまでに20年という歳月が必要だったということにも、
悲しみや苦しみという負の殻の中に立ち止まらず、真っ直ぐ自分の心に立ち向かった潔さにも…
親として人として、畏敬の念を抱かざるを得ませんでした。

作品は単なる絵ではなく、心であり思いであり空気であり全てである…、
(そして人も…)と感じながらギャラリーを後にした暖かい晴天の午後でした…。

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One Red Paperclip

カイル・マクドナルド「赤いクリップで家を手に入れた男」(河出書房新社)が今日の一冊。

HP上の物々交換セクションに、何の変哲もないただの“赤いクリップ”を、
あなたの持つ“何か”と交換して欲しい…という広告を出した25歳の青年が、
それを家に換えていくまでの(本当にあった)ストーリー。

"Bigger&Better"というゲームとしてカナダやアメリカでは昔からあったらしいけれど、
日本でも、も~っと古い時代から「わらしべ長者」という話があったのですね。
ものと人とを繋ぐ話って世界共通で、どんな「もの」をどんな風に繋いでいくかに
その人自身が表れる…っていうのがよくわかるストーリーでした。

本の冒頭にラドヤード・キプリングの「もしも」という詩が載っていてすごくいい…
ぐっと来ます。カイルさんの文じゃないしちょっと長いのですが…載せちゃいます(^-^)

「イフ(もしも)」 

もしも、誰かに非難されたお前が、冷静さを失いそうなときにも、冷静でいられれば、
もしも、すべての人間がお前を疑っているときにも、自分自身を信じることができ、お前を疑った連中を許すことができるのなら、

もしも、お前が待つことに飽くことなく、待てるのなら、
あるいは嘘をつかれても、嘘とかかわらなければ、
あるいは、人に憎まれても、人を憎まなければ、
そして、あまり気取らず、知ったかぶりをしなければ、

もしも、お前が、夢を見ることができ、そして、その夢に支配されることがなければ、
もしも、お前が自分自身で考えることができ、そして、考えることが目的とならなければ、
もしも、お前が栄光と惨劇という名の虚像と遭遇でき、そのはかなき虚像を同じように扱えるのなら、

もしも、お前が話してきた真実を、悪者が、愚か者をわなにかけるために、ねじ曲げて語るのを聞くことに我慢できるのであれば、あるいは、お前が自らの人生を賭けて作りあげてきたものが壊されるのを見たとき、身をかがめてそれらを使い古した道具で作り直すことができるのであれば、

もしも、お前が、膨大な勝利の積み重ねをたった一回のコイン・トスの結果と引き換えるというリスクを背負うことができるなら、そして、それに負けて、その負けについて一言も不満を漏らさず、まったく最初からやり直すことができるのであれば、
もしも、お前が自分の気力と神経と体力がなくなってしまった後も、それらを振り絞ることができるのであれば、そして、それらに『頑張れ!』と言っている意志以外何もないお前が、頑張ることができるのであれば、

もしも、お前が自分の美徳を保ちつつ、民衆と話をすることができるのあれば、
あるいは、庶民の感覚を失うことなく、王様とともに道を歩むことができるのであれば、
もしも、お前の敵と愛する友人のどちらもが、お前のことを傷つけることがないのであれば、
もしも、お前にとって、あらゆる男が価値があり、重要であり、しかし、重要すぎるということがなければ、

もしも、過ちの許されざる厳しい1分を、60秒間の全力疾走で長距離走の如く見事に完走できるのであれば、

地球はお前のものだ。そして、その中にあるすべてのものも
そして、お前は男になるのだ、私の息子よ!


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