そらまめ日記

遠い日の記憶~家族の会話~ひとりごと~
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曼荼羅って何?

曼荼羅って何?

…と聞かれました。

言葉で説明しようとするととても難しいです。
笙と曼荼羅のコンサートに向けて、あれやこれや本を読んだのですが、
どうもしっくり来る説明がまとまりませんでした。

この世を上から俯瞰した図であるとか、宇宙を表すとか、空であるとか、
色々な言い回しがあって、それぞれ「なるほど…」と思うのですが、
説明しようとすると、パズルのピースがバラバラに存在しているような感じで
自分の言葉になりませんでした。

もしかしたら、これは言葉で説明しない方がいいのかもしれない…と感じました。

曼荼羅の前でぼぉ~っとしていたときに、
「あ、ここに祈りがある」と感じた自分の感覚を思い出すと、
それでいいのではないかな…と。
もしかしたら、それが、いいのかもしれないと。

以前、新井満さんの「自由訳般若心経」について、
般若心経は、理解しようと思ったらひどく難しいものだけれど
感じることが出来ればとても簡単なものなのではないかと書きました。

聖書にしても然り。これは全文、言語で構成されているものですから、
頭で理解するべきものだと考えるでしょう。でも、
例えばそれを手に持っているだけで心が安らぐとか、安心するというような
心が素直に求める何らかの役割も持ち合わせているのではないかと思うのです。
つまり、“ロゴスとパトスを併せ持つ何か”ではないかと…。

耳から伝わる笙の音も、視覚に訴える曼荼羅も、言語を介する聖書も、
かつて私たちが属していた平和で穏やかな世界に近づく道しるべとして、
今ここに存在する、源を一にする不思議なツールなのかもしれないと思うのでした。


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