そらまめ日記

遠い日の記憶~家族の会話~ひとりごと~
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事業仕分け・ライブ!

事業仕分けを見学してきました。

TVで放映される映像は、TV局の思惑に沿って切り取られた一部分にすぎないと常々思っているので、実際に見て聞くことができたらそれは何よりと、友人の誘いに乗って息子と出かけました。身分証を提示し住所氏名を記入するだけで誰でも見学できるようです。

1件につき50分の審議が日に数件(省庁毎に?)行われ、“一部改革”“抜本的改革”“廃止”等、さくさく処理されていく様は、少し遠目に見てみると不思議な光景でもありました。

まず、“この案件を俎上に載せる”と決めたのは誰なのかという疑問。全政策が俎上に載っているとは思えないので、どれを仕分けの場に引きずり出すか…ということに誰かの恣意的思惑が働いていないといえるのかどうか…っていうこと。

それから、評価者を選んだのは誰なのか?っていう疑問。“このメンバーを選んだ時点で結果は決まってるようなものじゃない!?”って笑っちゃうような審議会とかも結構あるわけで…、人選に選出者の思惑・意図が絡まないっていう点、結構大事だと思うんですよね…。でも大抵の場合、そういう“最初の一歩”は霧の中…。

政策評価って、日本の現状と10年50年100年後の未来のためにその政策が有益であるか否かを問い、その内容がより良くなるよう淡々と是正を促すことであり大変有益なワンステップだと思うのですが、日本人に評価していいよって言うと、“正しい側が正しくない(ことをしそうな)側を追い詰めて裁く”みたいな構図になりがちですね…。

評価者にも、プラスの評価をも述べられる方とか淡々と質問を投げかける方も多く、色々な方がいらっしゃるので一概には言えないのですが、恐らくTVに取り上げられるのは、どちらかというと窮鼠を追い詰める猫的評価者なのでしょう…。TVの功罪を再確認。大体“数秒の映像で何かを伝えなければならない”という命題自体に無理があるし、そういう意図的映像を鵜呑みにする私達側にも更なる問題があるわけで…(-_-;

「国民にすぐにわかるように、この政策の効果を数値化せよ。すぐに!効果的に!…」と仰る評価者もいて、確かにごもっともなご意見なのですが、数値化出来ない要素っていうのはどうしてもあると思うし、無理に数値化を要求することによって、“数字のための政策”という本末転倒に陥る危険性もあるのにな…と思うのです。

シンクタンクで働いていた時に気付いたこと。日本という国(のある分野)の現状を調査し、そこから政策・国策が決まるというボトムアップの矢印ではなく、発注者が欲しがっている何物かを正当化するトップダウンの道具に調査結果が使われることもあるという事実…。数値って、いくらでも“手を入れられるもの”だということ。だから、数値は宝でもあるけれど刃にもなり得るということに、きちんと目を開けていたいと思うのですね…。

以上のような理由から、やっぱり仕分け作業って“見せるために作られた舞台”であると感じてしまいました。

お白洲に引きずり出された罪人を裁いているかのように、睨みつけつつ質問を繰り広げる評価者を見ていると、何か違うんじゃないの?っていう気分になっていくことは否めず、仕分け終了後、息子に「スゴイ目で睨んでたよね…」と投げてみたら「うん、あ~ゆ~大人にはなりたくないなって思った…」と静かな感想が返ってきました(-_-;

本当に、ジャッジメントの苦手な民族ですよね…私達日本人って…(^^; 
なんて言ったらいいのか、場の空気と共にずれていく焦点というか…、パブリックとプライベート、私情と公平性…、そういう相反するものをロジカルに分離して自己思考内に存在させることが苦手っていうか…。

でも、こういう機会が得られてよかった…誘ってくれた友人に感謝です。お兄様によろしくお伝えくださいね…評価お疲れ様でした、と(^-^)~~

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